産婦人科の先生に聞く(前編)「つわり」とはなに?

産婦人科の先生に聞く(前編)
「つわり」とはなに?

  • 出産前に
  • つわり対策

妊婦さんが10人いたら、そのうちの5~8人が経験するというくらい、妊娠中によく見られる「つわり」。
つわりとはどんな症状なのか、どのような対処法があるのか、2回にわたり、産婦人科医でマミーズクリニックちとせ院長の島田茂樹先生にうかがいました。

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つわりとは?どんな症状?

つわりとは医学的に「妊娠初期に起こる吐き気や嘔吐(おうと)などの症状」で、妊娠中によく見られる症状です。

表 主なつわりの症状

  • 吐き気や嘔吐
  • 食欲が出ない
  • 食べ続けてしまう
  • においに敏感になる
  • 味覚が変わる
  • 眠気が続く
  • 体がだるい
  • 唾液が止まらなくなる
  • めまいや頭痛がする

ただし表に示したように、症状は人によってさまざまですし、症状の強さも人それぞれです。ちょっとつらいけれど日常生活にはそれほど影響がないという程度の方もいれば、どんなに頑張っても起き上がれないほど重い症状の方もいます。症状の出方や強さを自らコントロールすることができず、頑張りたい気持ちと体が言うことを聞かないこととの葛藤に悩む妊婦さんは少なくありません。

つわり症状は妊娠5週目ころに始まり、12~16週までに治まることが多いとされていますが、あくまで目安の一つ。いつ始まり、いつ終わるかわからないのも、つわりのつらいところといえるでしょう。

つわりの原因

つわりの原因については、いくつかの説がありますが、実はまだよくわかっていません。
例えば、hCG(ヒト絨毛(じゅうもう)性ゴナドトロピン)というホルモンが原因だとする説。hCGは妊娠初期に胎盤の絨毛(じゅうもう)組織から分泌されるホルモンで、妊娠の成立と維持に重要な役割を果たします。妊娠検査薬は尿中のhCGを検出して妊娠の有無を判定するので、このホルモンの名前を見聞きしたことがあるかもしれません。
つわりの発症時期とhCGの分泌が高まる時期が一致することなどから、昔からhCGが原因のひとつといわれていましたが、実はhCGの血中濃度とつわりの発症や重症度には関係のないことがわかっています。

ほかには、卵巣から分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が原因だという説。黄体ホルモンは子宮内膜を厚くして妊娠しやすくしたり妊娠を維持する働きのほかに、胃腸の働きを鈍らせる作用もあります。このため妊娠して黄体ホルモンの分泌が増えると、消化不良や胃もたれ、吐き気などの原因となることがあるといわれてきました。さらに飲食物に含まれる有害成分からおなかの赤ちゃんを守るために、本能的ににおいや味に敏感となり、口にする食べ物や飲み物を制限するという説もあります。しかし、どれも決定打に欠けていました。

近年、GDF15(Growth Differentiation Factor 15:成長分化因子15)というホルモンがつわりの原因であるという説が発表されています。GDF15はストレス応答性サイトカインの一種で、もともと多くの臓器に微量に存在していますが、病気に罹る、外傷を負う、毒物を摂取するなど様々なストレスを受けると体内での合成量が増え、体内の各所でさまざまな生理機能を果たします。そのひとつに脳の嘔吐中枢に働きかけて、吐き気を誘導したり食欲を抑制することがあります。妊娠すると、胎児の細胞や胎盤がGDF15を大量に作り、それが移行して母体の血中GDF15濃度が上昇することや、妊娠に伴い血中GDF15濃度が急激に上昇するひとほど吐き気や嘔吐症状が重篤になることが示されています。また妊娠前から血中GDF15濃度が高かったひとは、妊娠しても血中GDF15濃度の変化が小さく、つわり症状も軽い傾向にあったと報告されています。このような知見から、GDF15を応用したつわり対処法が確立できるのではないかと期待されていますが、まだまだ分からないことも多く、さらなる研究が待たれます。

  • サイトカイン:細胞から分泌されるたんぱく質で、細胞間の情報伝達や相互作用に関与する生理活性物質の総称です。
    標的細胞にシグナルを伝達し、細胞の増殖、分化、機能発現等多様な細胞応答を引き起こします。
    ストレス性サイトカインはストレスに起因して発現するサイトカインです。

つわりはがまんせず、積極的に改善すべき症状

日本ではつわりは「妊娠すれば当たり前」と捉えられる傾向があり、自然な経過に委ねるケースが海外に比べて多く見受けられます。しかし、妊婦さんが心身の健康を維持すること、そして妊娠期間を快適に過ごすことが、胎児の健康にも重要です。つらい症状をがまんする必要はありません。
まずはストレスを避けてゆっくりと心身を休めましょう。無理をして体に負担をかけると、ストレスも生まれ、心にも負担がかかってしまいます。

日本の「産婦人科診療ガイドライン 産科編 2023」も、「心身の安静と休養で症状を和らげる」ことを強く推奨しています。妊婦さんが心身ともに健康で「妊娠して幸せ」と感じていることが、おなかの赤ちゃんにとって何より大切なことです。
上のお子さんのお世話などで思うように休めない方もいるかもしれませんが、周囲の方にサポートをお願いして、できるだけ心と体を休めるよう意識しましょう。
つわりは妊婦さんにありふれた症状ではありますが、決して「治さなくてよい」のものではありません。妊娠中の体は特別な健康状態にあるので、自分の体調にちょっとでも変化があれば、妊婦健診の際などに遠慮せず医師に伝えて情報を共有し、手当てをしていきましょう。

つわりの症状を軽減する方法

上記のとおり、つわりはがまんすべきではなく、症状を和らげるべきものです。つわりの症状とおなかの赤ちゃんの健康状態は無関係であることがわかっています。つわりがつらいのは赤ちゃんが元気な証拠ではありません。欧米では、つわりは症状を抑えるべきものと認識されており、さまざまなアプローチが存在します。たとえば、内関(手首の内側のツボ)指圧、ショウガの摂取、ミント芳香、ビタミンB6や葉酸、制吐剤の投与などが行われています。かかりつけの先生に相談して、ご自身にあった対処法をさがしてみましょう。

また、吐き気が強いなどの理由で食べられないときや食べられるものが限られていると、栄養不足や栄養の偏りが心配になるかもしれません。そんなときは、サプリメントをうまく活用して、ビタミンやミネラルの摂取量とバランスを調整しましょう。


後編ではつわり症状に対するビタミンB6の効果について、お話しします。

島田 茂樹 先生

産婦人科医 マミーズクリニックちとせ院長

1994年に北海道大学医学部を卒業。富良野協会病院、旭川厚生病院、釧路日赤病院、倶知安厚生病院(医長)、国立函館病院(医長)、北海道大学病院産科助教などを経て、2010年にマミーズクリニックちとせを開院。女性たち一人ひとりが自分らしい納得したお産ができるよう、北の大地で日々見守っている。

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