母乳シアル酸について(その2)母乳シアル酸のはたらき

母乳シアル酸について(その2)
母乳シアル酸のはたらき

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母乳中のシアル酸は、赤ちゃんの未熟なシアル酸合成能を補うとともに、一部は吸収されずに消化管内で働いていると考えられます。具体的にどんな働きをしているのか、紹介します。

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シアル酸は脳の発達に関係する

シアル酸は、ガングリオシドや糖たんぱく質の構成成分として脳や神経系にとくに多く含まれています。乳児期は一生を通じて脳がもっとも発育する時期であり、この時期に脳中のシアル酸も急激に増加することが知られています。したがって、母乳中のシアル酸は、脳神経系の発達や機能発現に重要な役割を果たしていると考えられます。
シアル酸を赤ちゃんラットに経口投与すると、大脳や小脳のシアル酸が増加し[1]、記憶学習能が向上したことが報告されています[2]。また、ガングリオシドを強化した粉ミルクを0~6か月齢のヒト乳児に飲んでもらった試験では、6か月齢において認知機能の発達が報告されています[3]。さらに、シアリルラクトースを与えた大人のラットでは、脳中のガングリオシドGM3が増え、記憶学習能が向上したことも報告されており[4]、シアル酸は乳児だけでなく大人の脳機能にも関連しているようです。

シアル酸は感染を防ぐ

インフルエンザウイルスや病原性大腸菌などの感染は、細胞膜上のシアル酸を含む糖鎖に結合することから始まります。病原性大腸菌やコレラ菌が産生する毒素も、消化管上皮細胞のシアル酸を含む糖鎖に結合して、炎症や下痢を引き起こします。
このようなことから、母乳中のシアル酸含有成分は、乳児の口腔、咽頭および消化管の上皮細胞に病原体が付着する前に、これら病原体と結合することで感染を防ぐことが予想されます(図1)。私たちの研究成果を中心に、母乳シアル酸のまもる力をご紹介します。

シアル酸化合物による細胞膜への病原体の付着阻止モデル

(1)ガングリオシドは病原性大腸菌の感染を抑える
病原性大腸菌は、消化管細胞膜上のシアル酸を含む糖鎖に付着することから感染を起こすことが知られています。ヒト消化管細胞を使った実験で、母乳の主要なガングリオシドであるGM3は、病原性大腸菌の消化管細胞への付着を抑制することで、感染を防ぐことが分かりました[5](図2)。さらに無菌マウスによる実験で、GM3を与えることで、十二指腸、小腸および大腸に付着する病原性大腸菌の数が少なくなることも分かっています[6](図3)。

(2)ガングリオシドGM3は腸管出血性大腸菌O-157の感染も抑える
前節と同様に無菌マウスを用い、腸管出血性大腸菌O-157に対するガングリオシドの効果を調べました。その結果、GM3はO-157に感染したマウスの生存率を向上させることがわかりました。またGM3を投与したマウスではO-157が産生するベロ毒素濃度が著しく低かったことから、O-157の細胞への付着阻止とは異なる機構でO-157の感染を防ぐのかもしれません[7]

シアリルラクトースによるコレラ毒素のウサギ消化管への付着阻止効果

(3)シアリルラクトースはコレラ毒素による下痢を防ぐ
コレラ菌がつくる毒素(コレラ毒素)は消化管細胞のシアル酸糖鎖に結合して、下痢を起こすことが知られています。ウサギの腸管を使った実験で、シアリルラクトースはコレラ毒素による下痢を抑制することがわかりました(図4)。シアリルラクトースの構成要素である遊離のシアル酸や乳糖にこの効果はなく、シアリルラクトースの糖鎖構造が重要であることが分かりました[8]

(4)シアル酸はビフィズス菌を増やす
オリゴ糖の種類も量も多いことが母乳の特徴の一つで、消化管内でビフィズス菌を増やすことが母乳オリゴ糖の主要な働きの一つとされています。そして、母乳オリゴ糖のひとつであるシアリルラクトースにも、ビフィズス菌を増やす働きのあることが分かっています[9]
さらに、ガングリオシドを強化した粉ミルクで低出生体重児を哺育すると、腸管内の大腸菌が減少し、ビフィズス菌が増加したことも報告されています[10]

その他のシアル酸の生理機能

ガングリオシドについては、リンパ球の増殖や免疫グロブリン産生の促進などの免疫賦活効果、消化管細胞の分化促進などの消化管成熟効果などについても研究が進められています。
また、最近ではシアル酸を介したインフルエンザウイルスの感染に着目した治療薬も開発されるなど、シアル酸はさまざまな分野で応用がはかられています。
こんな成分が含まれている母乳は、やっぱりすごい!

【参考文献】
[1]:Morgan, B.L. & Winick, M.: Br.J.Nutr. 46 , 231-238 , 1981

[2]:Carlson, S.E. & House, S.G.: J. Nutr. 116 , 881-886 , 1986

[3]:Gurnida,D.A. et al.:Early 88, 595–601,2012

[4]:Sakai, F. et al. :J.Appl.Glycosci. 53, 249-254, 2006

[5]:Idota, T. & Kawakami, H. :Biosci. Biotec. Biochem. , 59, 69-72 ,1995

[6]:Takeuchi, S. et al. : Germfree Life and its Ramifications, Hashimoto, K. et al. (eds.) 12th ISG Publishing Committee, Shiozawa, Japan , 1996

[7]:Takeuchi, S. et al. : Microbiol Ecology, 11, 125, 1999

[8]:Idota, T. et al. : Biosci. Biotec. Biochem., 59 : 417-419, 1995

[9]:Idota, T. et al. : Biosci. Biotec. Biochem., 58 : 1720-1722, 1994

[10]:Rueda, R. et al. : J. Pediatr., 133, 90-94, 1998

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