
母乳中のシアル酸について(その1)
母乳中の種類や量、乳児での動態
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はじめに
シアル酸は酸性糖質の一種で、動物界に広く存在します。ウシの顎下腺から初めて分離されたことから、唾液(saliva)にちなんでシアル酸(sialic acid)と名づけられました。
シアル酸は、主に細胞膜上の糖脂質や糖たんぱく質の構成成分として存在し、細胞間の情報伝達、細胞の増殖・分化などの幅広い生理機能に関わっています。また、細菌やウイルスなどが感染する際に、細胞に付着する標的となっています。
ここでは、母乳中のシアル酸化合物の種類や含量、乳児でのシアル酸の動態について紹介します。
母乳中のシアル酸化合物の種類と濃度

母乳中のシアル酸はオリゴ糖および、糖脂質や糖たんぱく質の糖鎖の構成成分として存在しています(図1)。

ヒト母乳中のシアル酸は、初乳の1.5mg/mLから泌乳期とともに減少し、末期乳では0.3mg/mLとなります。初乳で多いことから、生まれたばかりの赤ちゃんにとくに重要であることがうかがわれます(図2)。また母乳シアル酸の73~80%がオリゴ糖に、14~28%が糖たんぱく質に、0.2~0.4%が糖脂質に結合しています[1]。

オリゴ糖では乳糖にシアル酸が1分子結合したシアリルラクトースが最も多く含まれます。さらにシアリルラクトースは、シアル酸とガラクトースの結合部位の違いによって、3’-シアリルラクトースと6’-シアリルラクトースの2種類が存在し、3’-シアリルラクトース含量は泌乳期を通じてほぼ一定なのに対して、6’-シアリルラクトースは初乳で多く、泌乳期が進むにつれて減少していきます[2](図3)。

また母乳にはシアル酸を含む糖脂質(ガングリオシド)も含まれます。脳の神経節細胞(ganglion cells)から発見されたことから、ガングリオシドと名づけられました。母乳中の主要なガングリオシドは、シアル酸が1分子のGM3と2分子のGD3です(図1)。母乳中のGM3は初乳で最も少なく泌乳期が進むにつれ増加する一方、GD3は初乳で最も多く泌乳期が進むにつれ減少するという特徴的な変化をみせます[3](図4)。
牛乳にもシアル酸は含まれますが、その量は約0.2mg/mLと母乳よりも少なく、さらに約70%が糖たんぱく質に結合し、約28%がオリゴ糖に結合している点も母乳とは異なっています。また牛乳成分を主体とする育児用ミルクのシアル酸も母乳より少ないことが知られています。
母乳の赤ちゃんはシアル酸が多い

母乳栄養児と人工栄養児ではシアル酸の摂取量が異なるので、体内での動態も異なるのではないか?そこで、新生児を対象にシアル酸の体内動態を調べました。その結果、母乳栄養児の血清シアル酸濃度は、人工栄養児よりも有意に高いことが分かりました。さらに、便中および尿中のシアル酸濃度も、母乳栄養児で人工栄養児よりも有意に高いことも分かりました。乳児とくに新生児ではシアル酸を合成する能力が低いことが知られており、母乳のシアル酸はこれを補っていると考えられます。また、体内に吸収されないシアル酸は消化管内で何らかの生理機能を発揮していることが示唆されます[4]。
<その2に続く>
【参考文献】
[1]:井戸田正ほか:栄食誌, 47, 357-362, 1994
[2]:井戸田正ほか:栄食誌, 47, 363-367, 1994
[3]:川上浩ほか:日児栄消誌, 8, 36-43, 1994
[4]:井戸田正ほか:栄食誌, 48, 43-48, 1995