
初乳のはなし
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出産後最初の1週間くらいまでの母乳を「初乳」と呼びます。出産後16日以降の「成乳(成熟乳、常乳)」と比べると、見た目も成分もずいぶんと違っています。今回は、そんな初乳について紹介します。
初乳と成乳は見た目も性状もちがう

左の写真をご覧ください。同じお母さんからいただいた母乳なのに、左側の初乳は右側の成乳よりも黄色く、見た目が全く違います。性状も成乳はさらさらしているのに対し、初乳はとろっとしているのが特徴です。なんだかお乳っぽくありませんが、生まれたばかりの赤ちゃんにはとても大切なものなんです。
むかし、初乳は捨てられていた [1][2]
かつて、初乳は「あらちち(荒乳、新乳、粗乳)」や「宿乳」と呼ばれ、新生児には与えないのが普通でした。
「あらちち」は乳房のなかに溜まっていた「毒」で、これを飲ませると吹き出物ができるとされていたそうです。
日本に現存する最古の医書である医心方に「まず宿乳を去りて後与ふべし」と書かれており、「あらちちを捨てる」のは平安のころから長く続く風習でした。また赤ちゃんが生まれて最初に排泄するうんち(胎便)も、昔は毒(胎毒)だと考えられていました。「胎毒」をはやく、完全に排泄することが最優先され、新生児にはまず薬草を煎じた胎毒下しを飲ませるのが一般的だったようです。
さらに出産の疲れから回復しないうちに授乳を始めるのは母親にとってもよくない、という考えもあり、初乳を赤ちゃんにあげることはあんまりなかったようです。
江戸時代後期になると、初乳は胎毒(胎便)の排出に有用であるという考えが現れ、明治以降に翻訳出版された欧米の育児書でも初乳の胎便排出効果が紹介されるようになりました。
しかし大正時代になっても、薬草を煎じたものを飲ませる習慣は広く行われており、初乳をあげるようになるのは昭和になってからだそうです。
昭和40年代に出版された育児書にも「初乳は胎便の排出に有効だが、栄養的な意義はわからない」などと書かれており、初乳の目的は胎便の排出でした。初乳の意義が強調されるようになるのは1970年代にはいってからのことです。
初乳には赤ちゃんを守る成分がいっぱい


私たちが実施した第2回母乳調査の結果で、3~5日(初乳)と31-60日(成乳)の成分を比較すると、初乳では成乳よりもたんぱく質と灰分(ミネラル)が多く、脂質と炭水化物が少ないことがわかっています(図:初乳と成乳の成分組成)。
さらにたんぱく質の成分を比較すると、初乳のほうがラクトフェリン、免疫グロブリン、その他の乳清たんぱく質、非たんぱく態窒素成分が多いことがわかります(図:初乳と成乳のたんぱく質成分)。その他の乳清たんぱく質にはオステオポンチン、非たんぱく態窒素成分にはヌクレオチド、核酸、シアル酸など、赤ちゃんを守る母乳の成分が含まれています。

赤ちゃんは出生によって無菌状態のお母さんの子宮から感染の原因となる細菌やウイルスがたくさんいる世界にでてきます。
でも生まれたばかりの赤ちゃんの免疫機能は未熟なので、自分の力だけで病原体と闘うのはとっても大変。そこで母乳の「守る」成分が赤ちゃんの免疫力を補っているのです。
初乳は抗酸化力もつよい

初乳には脂溶性ビタミンのビタミンA、ビタミンE、そしてβカロテンが多く含まれていることがわかっています(図:母乳の脂溶性ビタミン)。そして初乳が黄色いのはビタミンAやβカロテンが多いからです。これらの成分はどれも強い抗酸化力を持つことが知られています。
子宮を満たしている羊水の酸素濃度は3%くらいなのに対して大気中の酸素濃度は21%。赤ちゃんは生まれた瞬間にこの急激な酸素濃度の変化に対応しなくてはなりません。
酸素がないと私たちは生きることができませんが、多すぎると「活性酸素」も多くなって体のなかでいろいろと悪さをします。母乳の抗酸化物質は有害な活性酸素を排除する働きをもつので、生まれたばかりの赤ちゃんにとって初乳はとても大切なのです。さらにβカロテンにはつよい免疫賦活作用があり、初乳の「守る成分」の働きを助けてくれます。
【参考図書】
[1]:澤田啓司:日本における母乳保育の医学文化人類学的考察. 加藤英夫、平山宗宏、小林登編.母乳保育.メディサイエンス社, 1983 :34-45
[2]:今村栄一:新・育児栄養学、日本小児医事新報社、2002: 260-261
[3]:清澤功:母乳の栄養学. 金原出版(1998), p197