赤ちゃんにはお母さんの母乳を!
哺乳類の母乳事情

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乳腺から分泌する乳で子を育てる脊椎動物を総称して哺乳類(哺乳動物)と呼びます。現在地球上にはヒトも含めて約4300種の哺乳類がいるとされています。しかし、ひとくちに哺乳類といってもその生態はさまざまで、カラダの大きさや食べ物、生活環境、一度に出産する仔の数など、その様子は千差万別です。
今回は私たちに身近なウシと、哺乳類のなかでもひときわカラダの大きなクジラの乳成分について、またおなかの袋で子育てする有袋類の乳についてのお話をご紹介します。

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牛乳はヒトの母乳よりたんぱく質とミネラルが多い

私たちの生活に馴染み深い動物の乳に“牛乳”があります。でもヒトの母乳(人乳)と牛乳の成分を比べると、たんぱく質やミネラルは牛乳で多く、糖質は人乳で多いといった違いがあります。ヒトとウシでは体の大きさ、食べものが違いますし、成長スピードはウシのほうが早いといった違いがあります。

母乳と牛乳の比較

たとえば、ヒトの赤ちゃんは立ち上がって歩き出すのに生まれてから1年以上かかるのに、ウシの赤ちゃんは生まれてすぐに立ち上がり歩き出す、また、生まれた時の体重が2倍になるのに、ヒトでは約90日かかるのに、ウシは約60日しかかからない、といった違いが、乳(ミルク)の組成に影響していると考えられます。

実はウシの仲間!? クジラの母乳には脂質がたくさん

ところで、地上に棲むウシと海に棲むクジラ、この2種類、実は分類学上は同じ鯨偶蹄目(くじらぐうていもく)の仲間なんです。水辺に棲んでいたクジラの祖先(ウシの仲間)が、豊富な餌を求め、天敵を避けるために水中に移動しクジラになったと考えられています。

乳中脂質量の比較

分類学上は親戚同士のウシとクジラですが、乳組成は大きく異なっています。クジラの乳は固形分が高く(水分が少ない)、とくに脂質が多く含まれます。脂質の量をヒトやウシと比較すると、は約10倍も含まれるんです。一方で糖質(乳糖)はほとんど含まれず、クジラの赤ちゃんはエネルギーを脂質から得ていることになります。

海の哺乳類の乳には脂質が多い

クジラは恒温動物なので、体温を一定に保っています。でも、水中は空気中よりも熱が伝わりやすいので、冷たい海の中では体温を奪われてしまいます。そのため陸上生物よりも寒さから体を守るための工夫が必要なんです。クジラは厚い皮下脂肪を蓄えて、水の冷たさから体を守っています。しかし赤ちゃんクジラの皮下脂肪はまだ薄いので、脂質が豊富な乳を飲んで脂肪を蓄える必要があるんです。

クジラだけでなく、アザラシやイルカなど水に棲む動物や、ホッキョクグマのように寒いところに住んで海に潜ることが多い動物の乳も、皮下脂肪を蓄えるために脂質が多いことがわかっています。

このように、乳の組成は、その動物が棲んでいる環境に適応した成分組成になっています。

未熟な状態で産まれる有袋類の赤ちゃん

哺乳類のなかでもちょっと変わっているのが、カンガルー、ワラビー、コアラなどオーストラリアとその周辺に住んでいる有袋類(ゆうたいるい)。育児嚢と呼ばれるおなかの袋の中で子育てするのが特徴です。

ヒトを含むほとんどの哺乳類は胎盤と呼ばれる器官を通じて子ども(胎児)に栄養を与え、子宮のなかである程度育ててから出産します。ところが有袋類は胎盤を作らないため赤ちゃんに十分な栄養を与えられません。数日から数週間の妊娠期間を経てとても未熟な状態の赤ちゃんを出産します。有袋類の赤ちゃんはとても未熟な状態で生まれるので、育児嚢のなかで乳を飲み、お母さんに守られながら成長する必要があるのです。

生まれたばかりの赤ちゃんは胎児のような姿をしており、口や嗅覚システム以外のほとんどの内臓器官が十分に発達していません。この状態で生まれた有袋類の赤ちゃんは育児嚢の中で母乳を飲みながらある程度大きくなるまで過ごします。ヒトはお母さんの子宮の中で胎盤を通じて栄養をもらい、脳や目などの器官が発達してから生まれますが、有袋類では母乳によってこれらの器官が発達します。

有袋類の乳には鉄が多い

ヒトやウシと有袋類の乳組成の大きな違いは糖質です。ヒトやウシの乳の主な糖質は乳糖ですが、有袋類の乳の主な糖質はオリゴ糖です。ワラビーの一種であるタマーワラビーの赤ちゃんには乳糖分解酵素がありません。このためワラビーは乳糖ではなくオリゴ糖を栄養源としていると考えられています。

ヒトと有袋類の乳中の鉄含量

このほか、有袋類の乳はヒトやウシの乳と比較して多くの鉄を含むこともわかっています。ヒトやウシなどはお母さんの胎内で鉄を蓄えてから生まれてきますが、妊娠期間の短い有袋類は鉄を蓄えることなく生まれしまうので、乳から供給される必要があると考えられています。

大きな泌乳期変化

生まれたばかりのカンガルーの赤ちゃんは体長2cm程度、体重も1gほどしかありません。そこから1年ほどかけて、親と同じような見た目に成長します。そして、有袋類の乳の成分組成は、赤ちゃんの成長に合わせて非常に大きく変化します。赤ちゃんがある程度大きくなって育児嚢から出入りし始める時期の乳は、出産直後よりも高脂質、高たんぱく質になる一方、糖質は減少します。また脂肪酸組成や糖組成も初期と後期で異なることもわかっています。

カンガルーの乳成分の経時変化

さらに多くのカンガルー科では、第一子の授乳中に第二子を出産した場合、それぞれに見合った乳を別々の乳頭から分泌できるようになっています。生後1年間の変化が非常に大きいため、成長段階に適した乳をあげられるようになっているんです。

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